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平野小剣の人物像(3) |平野小剣の人物像

1924年10月に国家主義団体の大正赤心会が外務省に乱入し、そこからスパイと見なされた遠島哲男と南や平野らが繋がっているとする「スパイ事件」が起こり、全国水平社を震撼させることになりました。

12月にボル派の主導による全国水平社府県代表者会議で南は中央委員長を罷免になり、平野は権利停止、つまり除名処分となったのです。

遠島は警視庁と繋がった情報ブローカーというべき存在であり、「スパイ事件」は明らかに南や平野を全国水平社から追放し、保守的と見なされた幹部を総退陣させて自らが本部を握ろうとするボル派の組織的な策略がもたらしたものでした。

しかし、関東水平社は除名処分を受けた平野を擁護し、平野は「スパイ事件」については黙して語らず、全国水平社を離れて独自の水平運動を続けました。

文筆と実践に長けた平野を失ったことは、全国水平社にとって極めて大きな痛手でした。

また除名処分が災いしてか、平野は長きにわたって顧みられることのない日陰の存在に追いやられ、後の国家主義運動への転身と相まって裏切り者としての扱いさえ受けることになりました。
しかし、平野は水平運動史において忘れられない、重要な人物なのです。

大阪人権博物館 研究員

 

(2013/07/16)