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「働き方改革」の選択肢(1) |人権情報

人口は縮んでも、幸せは縮ませてはならない

少子高齢化といわれて久しいですが、鎌倉幕府成立くらいからの我が国の人口を俯瞰(ふかん)すると、この100年の急激な伸びが異常であることがわかります。そしてその反動か、ここからの急激な減少も異常というより、ある意味想定の範囲内なのかもしれません。22世紀初頭の人口は5,000万人以下になると大騒ぎしていますが、江戸時代頃の安定期まで戻るということなんでしょう。(【図1】我が国の総人口の長期的推移

少子高齢化なんて、日本だけでなく欧州諸国でも同じことで、だからこそ欧州諸国は必要な手を打ってきました。もちろんそれは日本も同様です。しかし欧州諸国は、いかに次世代の未来を安定させるかというスタンス。だからインターバル制度やワークシェアなども導入されましたし、時間外規制もかなり強固にやっていました。現役世代に、子どもや若者たちを支えさせようとしたわけです。

一方、日本はいかに自分たちの未来を安定させるかというスタンスでした。年金改革、介護問題…現役世代に、シニアを支えさせようとしました。今、このツケに向き合うタイミングなのかもしれません。深刻な人手不足を前に、そうはいってもロボットのように無限に働き続けられるわけではないのが人間。その中にあって、それでもまだ私たちは「働き方改革」と称して、「経済性」を追求するのか。

「働き方改革」は、経済性や生産性、効率性を追求し、効果性を獲得するもののように謳(うた)われていますが、ではその効果とはいったい何なのか。日本も生産性が上がっていないわけではありません。しかし、他国の伸び以上には伸びていないことと、何より生産性を上げても生活満足度が上がっていない国になっています。(【図2】日本の一人当たり実質GDPと、生活満足度の推移)「働き方改革」そのものは手段であって、決して目的ではありません。私たちがその先にある真に手にしたいものは何なのか。

人事コンサルタントとして、現場でこの一年ほど「働き方改革」なる言葉を聞かなかった日はないくらいに向き合ってきましたが、その中から思うところをいくつか綴らせていただきます。

【図2】日本の一人当たり実質GDPと、生活満足度の推移
    (内閣府「国民生活選好度調査」より)

古くて新しい「働き方改革」

懇意にさせていただいている京都の観光タクシー会社の方がおっしゃっていました。「この業界では40年以上、人手不足が続いてきた。だから私たちはどうすれば、人が定着して活躍してくれるようになるかをずっと考えてきた。ここにきて「働き方改革」というキーワードを耳にする機会も増えたけれど、私たちにとってはそんなことは当たり前だし、今さらな気がする」と。実際、こちらの企業では、20代のタクシードライバーの約6割は女性であり、最高齢ドライバーは79歳の男性です。まさに多様な人財が活躍しています。「働き方改革」は、決してトレンドではありません。

一方、昨夏話題になった「ヒアリ」の第一号を発見した運送会社では、コンテナの中から見たことがない形の蟻が発見されたことを荷主に報告した際、「蟻ごときで荷物を止めるのか?」と言われたそうです。しかし、海外から運び込まれた荷物を運送する立場として、見たことがない動植物は検疫に届けなければならないというルールが存在します。万が一のことがあったら日本国民を危険に晒しかねない。この企業は、荷主を説得して検疫に届け出をしました。何もなければ荷主から大目玉をくらっていたかもしれませんし、効率性や生産性という観点からすれば、荷物を止めることは明らかに効率を落としてしまいます。しかし、この国の水際を守っているという責任感が、彼らに健全性を選択させたのでしょう。健全性を見失った「働き方改革」は、生活満足度の質を下げることにつながりかねません。

「働き方改革」は、今に始まったことではなく、今までも企業が取り組み続けてきたことです。それが企業レベルではなく、現場の一人ひとりのレベルまで落とし込まれようとしているのかもしれません。

「企業が滅びるときは、外からではなく、内からである」とは松下幸之助翁の言。組織の風土を変える試みをしようとしているのであれば、社員の協力なくしてその実現はできません。社員が納得して働くことができる風土をつくること、そして結果、世間から選ばれる組織を実現すること。この両者は二兎追うものは一兎を得ずの関係ではないと信じます。

次回以降は、さまざまな「働き方改革」の取り組みを紹介していきます。

株式会社オフィスあん/代表取締役 松下直子

(社会保険労務士、人事コンサルタント)

(2018/02/13)


松下直子さんの     詳しいプロフィール http://oan.co.jp/company/member