トピックス

SDGsとビジネス ~人権の視点から企業はどう受け止めるべきか~(2) |人権情報

求められる人権尊重責任

「ビジネスと人権」という表現自体に違和感がある場合もあるかもしれません。「指導原則」を中心とする「ビジネスと人権」の枠組みが日本で語られ出したのは、2000年代後半、ISO26000の中核主題の一つに「人権」が含まれることがドラフト段階で徐々に知られ、また後に述べるジョン・ラギー(ハーバード大学・ケネディ行政大学院教授、以下「ラギー」という)らの「指導原則」に至る仕事が日本にも紹介されてきた頃からのことです。「ビジネスと人権」は「ビジネスと人権に関する指導原則」からくる表現ですが、あえていえば、「企業」では組織体としての企業がイメージされるのに対し、「ビジネス」はバリューチェーンにまで広げた範囲での意思決定や事業活動も含意しているといえるでしょう。

「ビジネスと人権に関する           指導原則」表紙

今日幅広く認識されている、サプライチェーン上の労働現場や開発プロジェクトの現場での人権侵害は、すでに前世紀後半からさまざまな問題となってきており、国連でもこうした多国籍企業による人権侵害への対策を求める議論がなされてきましたが、錯綜する利害関係の中で結局合意には至りませんでした。こうした状況を打開すべくこの問題に関する国連事務総長特別代表に任命されたラギーが中心となってまとめたのが「指導原則」を中心とする「ビジネスと人権」の考え方でした。

「指導原則」は、国家には企業による人権侵害から個人を「保護」する義務を、企業には人権を「尊重」する責任を求めています。そして人権侵害から「救済」する仕組みの必要性も示しています。ここでいう企業の人権尊重責任は、まずは「人権を侵害しないこと」です。企業は、取引先や消費者との関係も含めて、あらゆる事業活動において「人権リスク」はないか、つまり人権を侵害していないか、あるいは侵害する可能性はないかを洗い出して問題を特定し、具体的に誰のどのような人権をどのように侵害しているかを評価することが求められます。そして人権を侵害することがないよう対処(防止、軽減)することが求められます。

この「指導原則」を中心とする「ビジネスと人権」の考え方が及ぼす影響は非常に大きく、ISO26000やOECD多国籍企業行動指針などCSRに関する多くの基準にも反映されています。ちなみに、昨年11月に改定された、SDGsへの対応を前面に出した日本経団連の企業行動憲章でも、その「実行の手引き」で「ビジネスと人権」が詳述されています。

以上のような内容と影響をもつ「指導原則」が「2030アジェンダ」で言及されていることは大きな意味を持ちます。同時にまた、CSRや人権をめぐるさまざまな理解や誤解と相まって、取り組むべき課題がわかりにくくなっていることも事実です。つぎにこのことを、「指導原則」の策定に中心的な役割を果たしたラギーが2016(平成28)年にジュネーブで行った講演を手がかりに考えてみます。

ラギーの基調講演をどう受け止めるか

「指導原則」が出された翌年から、毎年秋にジュネーブで「国連ビジネスと人権フォーラム」が開催されています。最近では2,500名を超えるさまざまなセクターからの参加者が世界中から集まり、「ビジネスと人権」をめぐる諸課題について議論する場となっています。

2016(平成28)年の第5回フォーラムでは、ラギーがSDGsに関する世界の動きに懸念を示す基調講演を行いました。ここでは詳しく紹介する紙幅がありませんが、ヒューライツ大阪のウェブサイトから日本語訳もダウンロードできますので、是非ご覧いただければと思います。
第5回「国連ビジネスと人権フォーラム」における基調講演

この基調講演でラギーは、「ビジネスが持続可能な開発への貢献を最大化するためには、持続可能な開発の人に関わる部分の核心において人権の尊重を促進する努力をしなければならない」と、企業がSDGsに取り組む際に人権尊重がキーとなることを述べた上で、企業活動のマイナスの影響の軽減が前提であるとするマイケル・ポーター(ハーバード大学経営大学院教授)自身の意図を離れてCSV(共通価値の創造)が誤解されてしまっていることや、SDGsと自社事業の関連づけが企業にとってのビジネス機会と経営リスクの観点のみからの重要性(マテリアリティ)に基づいた「いいとこ取り」(チェリーピック)になりがちであることに警鐘をならしています。

そして、ここが最も重要なところですが、「人権の尊重は単に否定的(ネガティブ)な慣行を止めることであり、積極的(ポジティブ)な貢献をするためのより強い動機付けができない」という考え方を、「一方の遵守に基づいた『尊重』の見方と、他方の人権を『促進』するための自発的な取り組みという誤った二元論に基づいています」として退けています。

SDGsに取り組む際、企業はさまざまな社会的課題を解決する「プラス」の影響を最大化するとともに、「マイナス」の影響も考慮しなければならない、と先ほど述べました。この「プラス」と「マイナス」の図式を、ここでは「ポジティブ」と「ネガティブ」の対置として読み取ることができます。ちなみに、英語のpositive、negativeにはさまざまな意味がありますが、ここではpositive=肯定的、積極的、negative=否定的、消極的といった含意をくみ取ればいいでしょう。

道に迷わないために・人権尊重は企業のポジティブな責任

人権尊重は重要だと誰もが認めます。しかし他方、人権はネガティブなイメージを持たれがちなのも事実です。企業が人権尊重に取り組む際も、関係法令の遵守を求められたり、NGOからの指摘や、最近では投資家サイドからの要請に応える必要性から、ある種の「やらされ感」が生じる場合もあります。しかし、ラギーはそうしたネガティブなイメージ自体が誤りであると明確にメッセージを出しています。

先に述べたように、企業の人権尊重責任は、事業活動が人権にマイナスの影響を与えてしまうことへの対処を求めるものでした。その一見地味な、ネガティブなイメージかもしれない取り組みが、実は世界のたくさんの人びとに、大きなプラスの結果をもたらすことをラギーは強調しています。端的に、マイナス面に対処することが実はプラスに貢献するのであり、それこそがSDGsの求める社会的課題の解決への貢献でもあります

「2030アジェンダ」には、「我々の世界を変革する(Transforming our world)」という冠がついています。ビジネスの機会だけが変革をもたらすのではなく、人権尊重責任を果たすことこそが大きな変革をもたらす、ともラギーは語っています。人権課題に正面から取り組むことが、いま求められています。それがひいては企業価値をも高めることに、世界では多くの企業が気づき始めています。

 

SDGs(持続可能な開発目標)

目標①(貧困):あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる。
目標②(飢餓・農業):飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を推進する。
目標③(保健・福祉):あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。
目標④(教育):すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。
目標⑤(ジェンダー):ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う。
目標⑥(水):すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。
目標⑦(エネルギー):すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセス
を確保する。
目標⑧(雇用):包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいの
ある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する。
目標⑨(インフラ):強靭(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノ
ベーションの推進を図る。
目標⑩(平等):各国内および各国間の不平等を是正する。
目標⑪(都市):包摂的で安全かつ持続可能な都市及び人間居住を実現する。
目標⑫(生産・消費):持続可能な生産消費形態を確保する。
目標⑬(気候変動):気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。
目標⑭(海洋):持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。
目標⑮(森林・土地):陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化
への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する。
目標⑯(平和):持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセス
を提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任ある包摂的な制度を構築する。
目標⑰(パートナーシップ):持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップ
を活性化する。

 

一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)

特任研究員 松岡秀紀

 

(2018/08/01)