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新型コロナウイルス感染禍における人権課題 ―IT革命の進化をふまえて―(1) |人権情報

国際化・迅速化・巨大化・多様化・情報化するリスク

IT革命の進化によって情報の在り方が大きく変化している。そうした中で企業などのリスクも国際化、迅速化、巨大化、多様化、情報化し、新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」という)感染症問題もパンデミックとともにインフォデミックが大きな問題になった。パンデミックはご存じのように新型コロナなどが世界的流行(感染爆発)になることである。一方、インフォデミック(infodemic)とは、フェイク情報を含む情報が世界的に拡散することである。情報(Information)と流行・伝染(Epidemic)の合成語である。間違った情報やフェイク情報が拡散し、それらの情報を元に多くの人びとが誤った行動に走り、その行動によって物資の買い占めなどをはじめとする社会生活に大きな支障や混乱を招くことである。また正しい情報が伝わるのを大きく阻害し、そうしたことによって社会に大きな悪影響をもたらすことである。

近畿大学人権問題研究所 主任教授 北口 末広さん

人びとは恐怖心を抱くとデマやフェイクを信用しやすくなる。新型コロナ感染症に関する恐怖心は、多くのフェイク情報を信じる心理的基盤になっており、WHO(世界保健機関)も新型コロナ感染症のパンデミックを宣言する前の2020年2月段階でインフォデミックの危険性に対する警鐘を鳴らしていた。
新型コロナ感染症問題も、冒頭で述べたリスクと同様の傾向をもち、あらゆる分野に未曾有の影響を与えている。またインフォデミックが人権課題とも密接に関わっており、これらの課題を明確に押さえておくことは企業活動にとっても不可欠のことである。

正確な現実把握と冷静で厳正な対応を

ところで100年前の「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザのパンデミックでは、当時の国内人口約5,500万人の約40%が感染し、約39万人が死亡したと記録されている。世界では数千万人から1億人が亡くなったといわれている。

今日の新型コロナ感染症は、現在のところ「スペイン風邪」の感染拡大や死亡者と比較した場合、その感染者数も含めて大きく異なっている。とりわけ東アジア地域を中心とする死亡者数は少ない。危機感を煽るだけではなく正確な現実把握と冷静で厳正な対応が重要だといえる。テレビをはじめとするマスメディアには、扇情的に恐怖を煽るだけではなく、視聴者や読者の心情を十分に理解した放送や報道が求められている。感染者数や死亡者数では新型コロナ感染症は、現在のところ「スペイン風邪」に比較してかなり少ないが、情報という視点ではインフォデミックといわれるように100年前と桁違いの量である。そうした現実が重大な人権課題を惹起(じゃっき)している。

新型コロナ感染症問題においてフェイク情報などが拡散されているインフォデミックは、感染拡大防止の視点からも極めて重要な問題である。いずれにしても正確な情報と冷静な対応は危機管理の原点であることを忘れてはならない。後述するようにソーシャルメディアなどを通じたフェイク情報によって、新型コロ感染症問題に関連して一定の民族や国民を排斥するような人権問題や差別問題が横行している。

他にも「ニンニクを食べると感染予防になる」「ゴマ油を塗ると予防できる」など根拠のない大量のフェイク情報が垂れ流されていた。これらのフェイク情報を信じて多くの人びとがリツイートし、フェイク拡散の加害者になっている事例も少なくない。そしてこれらの拡散パワーの源が誤った「正義感、義憤、善意」であることも多い。またフェイクの分野によっては、これまでの傾向と異なり学歴や経済力が高い人ほど大きな影響を受けていることも明らかになっている。こうした現実を見ると新型コロナ感染症と情報という視点が極めて重要なテーマであると指摘できる。

膨大な公式・非公式情報とインフォデミック

以上のように新型コロナ感染症に関する情報が公式・非公式を問わず膨大な量に上っている。こうした情報の中にはフェイク情報も数多く含まれており、多くの人びとはそれらの情報に翻弄されている。日常生活や政治・経済・社会にも多大な影響を与え、専門の研究者でもそのウイルスの正体が詳細に把握できていないことによって不安が増幅されている。情報の不正確さや人びとの不安は、流言やうわさ、デマ、フェイク(虚偽)などを容易に信じさせ拡散させてしまう。今日では情報環境の大きな変化によって、情報に関わる歴史的事実をはるかに超える勢いで、ファクト(事実)情報もフェイク情報も拡散されている。それは情報量だけではなく、情報が伝達されるスピードと拡散力でも大きく異なる。とりわけフェイク情報はファクト情報に比較してスピードで20倍、拡散力で100倍とのMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究結果も報告されている。

それだけはない。これら情報量、スピード、拡散力の違いは、情報伝達手法とも深く関わっている。こうした変化がフェイクニュースやフェイク情報に極めて大きな力を与えている。情報操作をする側にとっては操作が容易になり、される側にとってはこれまで以上に操作されやすい環境になっている。こうした情報環境の下、フェイク情報に翻弄され、間違った選択をしてしまう人びとが増加している。それは新型コロナ感染禍にあって人命とも関わる。

拙著『科学技術の進歩と人権ーIT革命・ゲノム革命・人口変動をふまえて』と『ゆがむメディアゆがむ社会ーポピュリズムの時代をふまえて』で記したが、情報受信者のデジタル活動が分析されることによって、受診者の人物像が情報発信者に容易に把握されるようになった。それは情報受信者がより一層情報操作されやすくなったことを意味している。そして人びとの不安の強度は、情報操作に対する脆弱度合いと密接に結びついている。不安をかき立てればかき立てるほど、人びとは容易に操作されてしまう。買わなくてもよい商品を買い、客観的に見ればマイナスになるようなことを確信的に行ってしまう。不安のエネルギーは、健全な社会を変貌させる大きな力を秘めているのである。

ホモフィリー・エコーチェンバー・フィルターバブル

今日の情報環境の特性もフェイクが拡散されることに大きく影響している。そのキーワードが、「ホモフィリー」、「エコーチェンバー」、「フィルターバブル」という三つである。

ホモフィリー(同類性)とは、人は同じような属性を持つ人々と「群れる」という考えをベースに、個人を同類の他者と結びつけることを重視するソーシャルネットワークの基盤的な考え方である。エコーチェンバー(反響室)とは、考え方や価値観の似た者同士で交流し、共感し合うことにより、特定の意見や思想、価値観が、拡大・強化されて大きな影響力をもつ現象である。新型コロナウイルス感染禍におかれている私たちは、一面で同じような状況におかれているという同類性をもつとともに、そのことによって迎合的になり、エコーチェンバーが一層起こりやすくなっている。フェイクや正確でない情報を信じてトイレットペーパーなどの日常品やポピドンヨードを含むうがい薬などの買い占めが起こったのはその顕著な事例である。

こうした情報特性とともに、プラットフォーマーと呼ばれる企業群を中心とする企業は、独自で開発したアルゴリズムによって、デジタル活動としての個人データを心理学的知見を加えて解析し、特定個人が好むようなニュースを提供することができるようになった。差別的な思想の持ち主であれば差別的な人々から好まれるニュースを提供し、「ニュースの個別化」を実現したことによって、ニュースが見られる回数とともに広告が見られる回数も増加させ広告収入を向上させた。そうしたニュース提供の在り方が思想傾向や価値観をより一層過激化することになった。人権や差別の分野ではより一層偏見や予断が確信的なものに変化するようになった。こうした現象が「フィルターバブル」である。自身の考え方に近く、読みたいと思うような情報ばかりが提供されると思想傾向や価値観が極端になる現象であり、集団極性化現象にもつながっている。個々人もソーシャルメディア上でそのような情報ばかりを探すようになり、さらなる悪循環に陥ってしまった。

近畿大学 人権問題研究所
主任教授 北口 末広

(次回に続く)

(2021/03/18)