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国内活動においては多くの分野の人権推進に大きな役割を果たした。多くの人々の経済活動の場である企業等への人権思想の普及は、「部落地名総鑑」差別事件への取り組みを頂点に大きく前進した。今日のCSR(企業の社会的責任)につながる企業の差別撤廃のための社会的責任を明確にし、企業の変革を求めた取り組みは企業の採用差別撤廃を前進させた。これらの成果は当時の労働省が企業等に設置を義務づけた企業内同和問題研修推進員制度になり、今日では公正採用選考人権啓発推進員制度として引き継がれた。これらの取り組みは、部落差別だけではなく、全ての分野の採用差別撤廃に結びつき、多くの人々が自身の能力と適性で採否が判断される時代を切り拓いた。また(一社)日本経済団体連合会の「企業行動憲章―持続可能な社会の実現のために―」の第5回改定(2017年11月8日)では「10の原則」の中の1つに「人権の尊重」が明記され、「すべての人びとの人権を尊重する経営を行う」と謳われた。この企業行動憲章に最も大きな影響を与えたのは、先述したSDGsであり、部落解放運動の企業等を対象とした差別撤廃・人権確立の取り組みである。
さらに差別身元調査事件等への取り組みは、差別撤廃だけではなく個人情報保護の取り組みも大きく前進させた。1999年6月に国会で成立した改正職業安定法は、第五条の四とその指針であらゆる社会的差別につながる事項の収集を禁止することを通じて、採用差別禁止を法的に明確にした。これらはデジタル情報資本主義といわれる今日の社会における個人情報保護にも積極的な影響を与えた。
また採用時における自己情報コントロール権の確立につながった。こうした法整備は全ての採用差別をなくすことにつながり、就職活動に取り組む全ての人の個人情報保護の確立に貢献した。これらの改正の背景には、部落解放運動による「部落地名総鑑」差別事件への粘り強い取り組みと、その成果の一つでもある「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」制定や長年の差別身元調査事件への取り組みが存在している。とりわけ1998年に発覚した大量差別身元調査事件に対する取り組みが大きな影響を与えた。
就職と密接に関わる教育の分野でも部落解放運動は、同和教育や人権教育の確立に大きな貢献を果たした。
1961年に高知県の被差別部落から始まった教科書無償闘争は、地方自治体を動かし義務教育教科書無償法の制定を勝ち取り、1964年度から全国的に順次、教科書の無償配布が実施されていった。日本国憲法には義務教育は無償と規定されているにもかかわらず、実際には教科書は有償であり、教科書代等が払えない家庭も多数存在していた。そのために学校に行けず、かなりの数の長欠児童が存在していた。そうした背景を克服するために部落解放運動は教科書無償闘争に取り組んだ。その成果は被差別部落だけではなく全国的なものとなった。被差別部落から教科書無償の取り組みが出発したのは、憲法とかけ離れた義務教育有償という問題が、被差別部落の就学率の低位性や低学力といった形で集中的に現出していたからであった。それは被差別部落以外の貧しい家庭でも同様であった。
近年においても、それらの社会的矛盾の発見と克服への取り組みが部落解放運動によっていち早くなされるのは、社会的矛盾が被差別部落に集中的に現出していたからである。
部落解放運動の取り組みの成果は、被差別部落に現れた社会的矛盾を克服するだけではなく、社会全般の矛盾克服にも連動してきた。それらの矛盾を克服する成果は多くの市民の生活を向上させ人権実現に寄与してきた。部落解放運動の対象が行政機関をはじめとするあらゆる分野であったため、行政や企業、教育、宗教、メディア、福祉などに差別撤廃・人権確立にむけた積極的な影響を与え続けてきた。
宗教界が多くの人権課題に取り組むようになった一つの要因は、差別戒名問題や過去帳問題に関わる差別事件の存在であり、それらの問題に対する部落解放運動からの告発と差別糾弾の取り組みであった。メディアが差別的な放送・報道を是正するようになったのも部落解放運動からの指摘や取り組みによるところが大きい。行政機関がより人権に配慮した取り組みを推進し、差別撤廃や人権確立の取り組みを政策として展開するようになったのも部落解放運動による差別行政糾弾闘争の成果である。全ての人々の人権に関わる戸籍法や住民基本台帳法の市民の立場に立った数々の改正が行われたのも部落解放運動の成果である。そしてそれらの無数の成果は、人々の人権意識の向上に大きく貢献してきた。
上記に上げた成果が全国水平社創立100年の意義の一端であり、部落解放運動が差別撤廃のために地域改善に取り組んできた教育、環境、生活、就労、医療、福祉等の成果である。これらの課題はSDGsのなかに掲げられている課題と密接不可分なものである。
SDGsの内容は、部落解放運動が掲げてきた生活、教育、就労、人権などの課題や方針と大きく重なっている。つまり被差別部落出身者の一人ひとりの人権を実現するための課題や方針を世界の被差別者、被抑圧者をはじめとする全ての人びとを対象にすれば、SDGsの内容になると理解したからである。
先述したように全水創立も国際情勢の大きな影響を受け、同時に全水創立以来の部落解放運動も国際情勢の重要な一極である国際連合の人権政策に一定の影響を与えた。
総じて言うなら今日のSDGsの内容が私たち部落解放運動が求めてきた内容と密接に結びついているのである。それはSDGsが2015年に国連で採択された歴史的背景をふまえれば明確である。1948年の世界人権宣言の採択、その後の国際人権規約をはじめとする国際人権諸条約の具体的政策目標という側面を持っているのがSDGsである。
今日の国連の中心的な理念は、世界中の一人ひとりの人権を実現することなのである。
こうした理念に到達した背景を理解すれば明白である。
国連の目的は、憲章の第一条に明記されているように「平和」と「開発(経済的発展)」と「人権」である。その目的の中心が「人権」である。
貧困では多くの人びとの人権は実現できないという概念の下、「経済発展」「開発」が重要なテーマとして取り組まれてきた。しかしこうした取り組みは地球環境破壊を招いてしまった。また戦争状態では世界の人びとは幸せになれないという概念の下、「平和」を最重要テーマとして取り組んできた。しかしパワーバランスという考え方で平和を維持するという政策の下、「核兵器の拡散」を許してしまった。
つまり「経済発展」を追求して、「地球環境破壊」へつながり、「平和」を追求して核兵器をはじめとする兵器を世界に拡散させた。一人ひとりの人権を実現するために取り組んできたにもかかわらず「地球環境破壊」や「核兵器の拡散」という逆方向に進んできたという総括の下、一人ひとりの人権を実現するための「経済発展」や「平和」の在り方が重視されるようになった。それらの現代的帰結がSDGsである。つまりSDGsの基盤には一人ひとりの人権を実現するという崇高な目的が内在している。
水平社宣言の理念と全水創立以来の100年の長きに渡る取り組みの国際的結実としてSDGsがあるといえる。その意味で全水100年の意義をふまえて企業の今日的課題として明確にいえることは、SDGsが採択された背景である一人ひとりの人権を実現するという理念を正しく理解し、SDGsの真の実現のために、企業としての人権基本方針を内外に公表することである。また制定した人権基本方針をふまえ、あらゆる差別をはじめとする人権侵害を予防・発見するための人権デュー・ディリジェンスを実施し、人権救済・解決・支援のための社内システムを構築することである。そうした取り組みを厳正に実践しつつ、上記の人権実現への取り組みを社会システムとして整備されるよう企業として取り組むことである。さらのそれらの理念と取り組みが企業ビジネスを発展させることにもつながることを明確に認識することである。そうした取り組みの節目として全水創立100年を位置付けていただきたいと願う。
近畿大学 人権問題研究所
主任教授 北口 末広
(2023/03/29)