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児童労働を世界と日本の関わりから考える |人権情報

企業が社会的責任として世界のどこでも国際人権基準を尊重することが求められるなかで、特に顕在化してきた人権問題として、前回は過重労働を取り上げました。今回は児童労働を取り上げます。

児童労働に関する現状について、国際労働機関(ILO)は4年毎に統計レポートを発表しています。最新の2013年版(ILO“Making Progress Against Child Labour: Global Estimates and Trends 2000-2012”(2013)。文章中のグラフはレポートの3、4、7頁を参照し作成)を見てみると、世界的な取組みが効を奏し、その数は減少傾向にありますが、世界の子ども数の11%にあたる1億6,800万人が未だ児童労働の下にあります。


       児童労働が深刻な地域に注目するとサブサハラ・アフリカ地域で5人に1人が児童労働にあり、割合としては最も高くなっています。一方で、絶対数の点で最も深刻なのはアジア・太平洋地域です。ところで、児童労働が多くみられるのは最貧国だと思われがちですが、実は中所得国です。ILOでは中所得国に9,360万人もの児童労働者がいると警鐘を鳴らしています。この中所得国に、アジア地域の国々が位置づけられています。2015年の世界銀行の発表(注1)によると、低中所得国(1人当たりの国民総所得が1,046~4,125 USドル)にはインドネシア、バングラデシュ、スリランカ、タジキスタン、ウズベキスタン、ミャンマー、ベトナム、パキスタン、インド、フィリピン、ラオスなどが、高中所得国(1人当たりの国民総所得が4,126~12,735 USドル)にはタイやマレーシアなどが含まれています。なお、児童労働が多くみられる業種は、農業、サービス、製造の順になっています。

こういった現状を確認すると、ますますアジアへビジネスを拡大する日本企業にとって、児童労働は関係のない問題とは言い難いことがわかります。ゆえに「児童労働の事実はない」という事実のみの情報開示では、ステークホルダーを満足させることができなくなりつつあるのではないでしょうか。人権デュー・ディリジェンスの広がりもあり、取引先や金融機関が投融資先や調達先を決定する際に、自社の事業活動のみならず、自社の取引先において児童労働を撲滅する取組みを働きかけているか否かが問われています。

ところで、児童労働が企業にとって重大なリスクになるとの認識が広がる状況の下、「児童労働=子どもが働くこと」との誤解も広がっているようです。家庭でのお手伝いやアルバイトなど、子どもの成長に役立つような形態の仕事は、子どもの教育や安全が妨げられない限りで認められ、児童労働とは区別されています。ここで改めて、児童労働の問題点を考えてみましょう。
児童労働は「誰の何の権利」が侵害されている問題なのでしょうか。第一に、「誰の」の部分ですが、もちろん「子どもの」ということになります。子どもの人権を規定した国際条約である「子どもの権利条約」を確認してみましょう。ここでいう「子ども」とは18歳未満の男女をいいます。労働は何歳から認められるのかという問題は国際労働機関(ILO)で国際基準が条約化されており、「就業の最低年齢に関する条約(最低年齢条約(第138号)、1973年)」があります。そこでは、就業最低年齢は原則15歳であり、特に健康・安全・道徳を損なう恐れのある労働については18歳が最低年齢です。軽い労働の最低年齢は原則13歳と各国の法律で規定することができます。


* 発展途上国の場合、就労最低年齢を14歳、軽い労働の最低年齢を12歳とすることが可能。
**最低年齢条約では、「健康、安全もしくは道徳を損なう恐れのある性質を有する業務またはそのような
恐れのある状況下で行われる業務」と定義されています。ILO「最悪の形態の児童労働に関する条約
(第182号、1999年)」では、危険で有害な労働のなかでもさらに即時的な措置によって禁止されるべきものとして
以下の4つを規定しています。

① 人身売買、徴兵を含む強制労働、債務労働などの奴隷労働
② 売春、ポルノ製造、わいせつな演技に使用、斡旋、提供
③ 薬物の生産・取引など不正な活動に使用、斡旋、提供
④ 児童の健康、安全、道徳を害するおそれのある労働

第二に、児童労働により子どもたちの「何の権利」が侵害されているのでしょうか。子どもの権利条約では、「出生の後直ちに登録され氏名を有する権利」「父母からの分離の禁止」「自己の意見を表明する権利および意見を聞かれる権利」など、子どもが個人として尊重されるとともに、子どもであるゆえに必要とされる特別な保護を受けることができるよう、さまざまな権利を認めています。しかしながら、児童労働は子どものあらゆる権利を奪います。「教育を受ける権利」、「健康への権利」、「身体的、精神的、もしくは社会的な発達のための相当な生活水準への権利」などの権利が侵害されています。例えば、子どもが有する「教育を受ける権利」に基づき、政府は初等教育を義務教育とし、すべての者が無償で受けることができるよう制度化する義務を負っています。子どもが労働のために教育を十分に受けられない状況が児童労働として禁止される一方、教育を受けている状態で労働に就くことは認められています。健康や身体的、精神的、もしくは社会的な発達についても同様のことが言えます。

加えて、子どもの権利の視点から注目したいのが「子どもの最善利益」です。これは、例えば何か争点になっている問題に関して決定を行う際にはさまざまな利益が考慮されますが、その際に子どもの最善利益が評価され、かつこれを第一義的な考慮事項として、また場合によっては最高の考慮事項として取り扱わなければならないとする考え方です。人権を保障する義務はまず国家が負うわけですが、国家のみならず、子どもに関わるまたは子どもに影響を与えるサービスを提供する企業などの民間セクターもこの原則のもとに置かれます。児童労働とは何かを考える際には、「誰の何の権利」が侵害されているのか、そして子どもが特別な保護を必要とする存在であることから発生した「子どもの最善利益」とは何か、を確実に把握することが鍵になります。

さて、児童労働には企業としてどのように対策を取ることができるのでしょうか。この問いへの答えとして参考になるのが、オランダ政府により設立された「児童労働プラットフォーム」が2014年11月に発行した『好事例ノート:企業のための勧告』(Child Labour Platform (CLP) “Good Practice Notes: With Recommendations for Companies”(2014))です。このノートは人権デュー・ディリジェンスの考え方に立って作成されていることからも注目に値します。ここでは、企業の児童労働対策として必要となる5つのステップが紹介されています。

①取引先に対する調達ガイドラインや実務ガイドラインなどの行動規範に裏付けられた児童労働を禁止する
方針を定める
②調達部門や海外事業部門など鍵となる社員に教育をし、年齢確認の訓練などを丁寧におこなう
③取引先の取組み支援を含めた取引先との関係を構築する
④発生を見過ごさぬよう早期報告制度や相談窓口・ホットライン設置など総合的な対策をとる
⑤児童労働発生後には是正のアプローチをとる

特に関心を引くのがステップ⑤ではないでしょうか。ステップ⑤として注意が必要なのは、取引先が子どもたちをただ解雇してしまった場合、児童労働を発生させたことに加え、「是正に取組んでいないじゃないか」という批判が加わることを覚悟しなければならないという示唆です。人権デュー・ディリジェンスとして企業に求められるのは、人権に対する悪影響を自社が是正する責任、または取引先に是正することを働きかける責任を果たすことです。例えば、児童労働により、子どもの教育への権利が侵害されている場合には、これを是正するためのアプローチとして全日制の学校に通えるようにすること、家族が子どもを仕事に就かせないよう代わりとなる収入源を確保することなどが是正策として考えられます。児童労働が見つかった際に、子どもを単に解雇する、取引先との契約を単に終了するだけでは、自社のリスク回避が第一で、「子どもの最善利益」が考慮されていないと指摘されかねません。

児童労働は、教育への権利や発達への権利を侵害されているという子どもを巡る現状に加え、そもそも社会が抱える貧困や経済格差などの課題が背景にあり、企業の責任以上に国家の義務が問われる問題でもあります。「本来国家がすべきことまで企業に求められては」と戸惑われるかもしれません。一方で、人権デュー・ディリジェンスの根底には、確かに国家が第一義的に児童労働を撲滅するための義務を負うが、そうだとしても国家の対策が不十分であることを理由に企業が是正策を取らないことは許されないという、社会からの強い期待があります。もちろん、自社のみで是正策に取組むには難しさがあるので、政府、教育機関、NGOなどの市民社会組織、そして他社との協働が推奨されています。ILOと国際使用者連盟(IOE)は「企業のための児童労働ガイダンスツール」(ILO-IOE, “ILO-IOE Child Labour Guidance Tool For Business”(2015))のなかで、企業に対し、この「新たな期待」を理解し、対応する必要性を訴えています。なお、企業に求められるのは子どもが学校に通えるようにすることであり、学校を作ることまでは求められるものではありません。企業に責任として求められるのは侵害された子どもの人権を是正することであり、国家に求められる積極的に人権の促進施策をとる義務とは区別されています。企業の人権デュー・ディリジェンスの広がりのなかで、子どもの権利、そして子どもの最善利益という視点から児童労働に取組む企業姿勢が問われています。

菅原絵美(大阪経済法科大学法学部准教授)

(注1)THE WOLRD BANK (DATA, By Income)
http://data.worldbank.org/about/country-and-lending-groups

過重労働を世界と日本の関わりから考える

(2016/02/24)