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「働き方改革」の選択肢(2) |人権情報

形骸化しないノー残業デーの運用

とにもかくにも時間外労働の是正をすべく、「ノー残業デー」を設定している企業が増えているようです。現場からは「ノー残業デーに飲み会をよくやるので、無給で残業しているような気がする」「アナウンスが流れるだけで、強制ではない」「制度はあってもペナルティがないので誰も守ってはいない」「管理職には適用されないので、管理職ばかりが残って仕事をしている」「逆にそれ以外の日はかえって帰りづらい雰囲気」「ノー残業デーのある仕事相手に振り回されている」といった不平不満もあるようですが、成果をあげているところがある以上、全てが空しい言い訳に過ぎない気すらします。

日比谷花壇では、定時退社デーは執行役員二人組が毎週交代で午後6時になると最上階から「早く帰れ~」と巡回するそうです。そして下りのエレベーターが大混雑!駅に向かうみんなの表情は何だか嬉しそうなのだそうです。まるで一つのイベントのように楽しんでいるかのようだと聞きました。「働き方改革」という言葉からはなんだかしんどそうなイメージが漂ってくるのですが、そうではなく、もっとわくわくするものとして取り組むことができそうな気がします。

広島県呉市役所では、朝礼を夕礼に代えて、一日の終了時に小単位で残業の中身を把握することから始めました。「何をしなければならないか」以上に、「何をやらないか」を職場単位で明確にし始めたところ、確実に残業は削減されたそうです。

聖路加病院は、土曜日の外来診療科目を34から14に減らしたそうです。各企業の顧客満足追及は、労働者の負荷によって支えられすぎていなかったか。単に残業を減らそうというスローガンを掲げるだけではなく、経営側も実態の把握から取捨選択をする必要がありそうです。
実際、弊社のお取引先様でも「クールビズへのご理解をお願いします」と同様に、「定時退社へのご協力をお願いします」なる張り紙が社内に貼られている企業があります。「ああ、この企業にはあまり夕方近くに電話しないようにしよう」という気持ちが働きます。人間というのは不思議のものです。あの応接フロアに貼られたわずか数枚のポスターは効果絶大だったと、その企業の担当者がニコニコしながら話してくれました。「働き方改革」は、一企業だけで取り組めるものではなく、社会全体のウェーブが不可欠なのかもしれないと気づかされます。そういう意味では、この「働き方改革」ワードブームは、決して向かい風ではなく、追い風にしていけばいいのでしょう。

トヨタ自動車は、全社一律ではなく職場単位で週一回設定するノー残業デーを導入しました。弊社の取引先のある中小企業は、会社が一律に決めるのではなく、一人ひとりが主体的に決めて欲しいというメッセージを添えて、自分で残業しない日を決める「マイ・ノー残業デー」を取り入れて、今ではそれを「マイ・ノー残業ウィーク」に進展させています。いつかこの企業からは、ノー残業という言葉すら消えていくのかもしれません。

勤務間インターバル制度とノー残業手当

日本ではまだ導入率2.9%程度の勤務間インターバル制度。【図3】
2016(平成28)年に制度普及促進のための有識者検討会が発足していますし、今後努力義務化される方向性のようですが、現時点では各企業の判断に委ねられている状況です。

【図3】勤務間インターバル制度(厚生労働省ウェブページより)

当制度は、業界全体での取り組みが比較的先行しています。
情報サービス産業では、産業別労働組合「情報労連」傘下の「通建連合」に加入する12社とKDDIで導入がスタートしましたし、エステティックのTBCとエステ・ユニオンは、勤務間に9時間の休息時間を義務化するなど、各業界が工夫を凝らした取り組みを開始しています。

日本看護協会では「夜勤・交代制勤務におけるインターバル時間の確保に関するエビデンス」を発信、2013(平成25)年2月には「看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」を策定しています。 企業における独自性も高いようです。
リコーは、10~12時間のインターバルが確保できる勤務表しか作成できないシステムを導入しました。また、最初は7時間から始め、状況に応じて8時間にするなど柔軟に対応している企業もあります。しかし、そもそも、勤務間インターバル制度は深夜勤務者などの救済措置であり、積極的に利用されるべき制度ではないはずです。深夜の勤務は絶対的に身体に負荷をかけます。特にシニアにとっては、最も負荷がかかる仕事の一つがこの深夜勤務です。【参考1】

【参考1】20~24歳ないし最高期を基準として見た55~59歳年齢者の各種機能水準の相対関係(%)  (斉藤一・遠藤幸男 (著) :高齢者の労働能力(労働科学業書<53>)労働科学研究所1980より)

本田技研は、同制度を「深夜勤務における翌日出社時間調整」として、敢えて「勤務間インターバル」とは呼んでいません。筆者はこれがまっとうな姿ではなかろうかと思います。こうした制度は、トレンドや政府の意向に単純に乗るのではなく、自社の現状とよく照らし合わせて、導入を検討していただきたいものです。

同様に、某アパレル小売店チェーンが定時退社した社員に月額1万5千円の「ノー残業手当」を支給する(残業をして手当が発生した場合でも、月1万5千円未満なら差し引いた額を支給)として、頻繁にマスコミで取り上げられていました。それをご覧になった弊社の取引先が「これってどう?」とさっそくお問い合わせをくださいましたが、他社の取り組みを安易に鵜呑みにするのは危険です。同社は、制度導入時点で1人当たりの月平均の残業時間はわずか10時間半。実は12年前から効率化には取り組んできた企業でした。最後の一押しで、制度導入に踏みきったのではないかと思います。
それぞれの企業には歴史や文化があります。そして「ノー残業手当」は、いわゆる定額の時間外手当を1万5千円支給します、という制度と同じことです。他社事例は参考にはなります。でも、あくまで参考であって、自社の現状や求めるものを鑑みずに鵜呑みにすると、現場は混乱しかねません。

株式会社オフィスあん/代表取締役 松下直子
(社会保険労務士、人事コンサルタント)

(2018/03/05)


松下直子さんの     詳しいプロフィール http://oan.co.jp/company/member