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「『ココルーム』はこころみる」釜ヶ崎でいのちと表現を大切にした場をつくり続ける(2) |人権情報

宿泊施設を見学させていただく。商売ゆえ当然保健所の宿泊施設設置基準はクリアしているが、これまた宿泊施設のふりをしていると上田さん。各階、各部屋ごとにコンセプトがあり、ゲストハウスながら芸術を表現する場となっている。誰もが奇想天外、自由奔放な発想でアートする。まさに生きるを表現する芸術、創造の世界に嵌(はま)りこんだ気分になる。

ゲストハウス内の階段

3階建てになっており、それぞれの部屋はもちろんのこと、建物全体が釜ヶ崎のおっちゃんやボランティア、アーティストたちが協力してつくった芸術作品になっている。

2階は大阪在住の日本を代表する現代美術家・森村泰昌さんと鹿児島出身の労働者・坂下範正さんの出会いの部屋。森村さんは2012年、「釜ヶ崎芸術大学」(以下、釜芸という)の講師を務められ「ヨコハマトリエンナーレ2014」のアーティスティックディレクターとなり、釜芸をヨコハマトリエンナーレ参加へと導いてくれた協力者。坂下さんは、労働者としてココルームと出会い、表現のワークショップに参加し、そのユーモラスな語りが人びとを魅了する。坂下さんのことばを上田さんが収集して、釜ヶ崎にゆかりのある人たちで書にしたためた部屋がある。

3階には、詩人・谷川俊太郎さんが滞在して作詩した「ココヤドヤ」を展示している詩人の部屋のほかに、俳人の部屋、歌人の部屋などなど、その多彩な空間のどれもが訪れる人の脳天を刺激する。

2・3階の壁は、いろんな人たちによって無数の線が、壁紙なしでむき出しの壁一面に引かれている。棒線、点線のみならず、かな文字で線を表現したものまであり、見事な壁のデザインになっている。多くの人たちにとって、壁に直に絵を描くことは難しいが、線を引くことはできる。ことばや表現のひとつひとつが釜芸の芸術、生きる技術なのである。

ゲストハウス室内はアートそのもの

上田さんは、さりげないことばや声に耳を傾けて「ことばのみぶり」を大切にされるという。表現することが、生活や人間関係にどんなふうに関わるのかを模索し、そこで感じ考えたことをまた新たなことばとして表現しようとこころみてきた。
生で発せられることばを真剣に受け取って綴る行為を人生のたねにすべく「こころのたねとしての出会いのたね」を大事にして、他者の人生における小さなたねを受け取り、関わることで「ことばを人生の味方に」しようとしている。
「詩はことばとことば以外のものでできている。釜ヶ崎では、みんな孤独を生きているから、じぶんの孤独と引き合う力が働くときがある。そんなときにこそ、真剣な生きたことばが発せられる。ことばに表すことでくっきりすることもありますよ」とお話しされる背景には、失敗を許し、変化するきっかけに気づく、新しくなるための何かがあるのだろう。

最近、新たにブックカフェを開設した。公開ミーティングを開き、試行錯誤しながら独自経営を行っている。いろいろなひとから寄付していただいた本は、売ることを考えるより、お客さまにあげた方がよい。
また、お客さまの話を聞くことや本を紹介することが仕事の、無償の日替わり店長制度を組み立て、「へんてこな経済モデル」とは上田さんのことばであるが、ギリギリのバランスで経営する社会実験である。

恩送りチケット

ブックカフェを始めてから、お客さまの中から「恩おくりチケット」なるものができてきたとのこと。これは、チケットの前払い制度。次に来る困窮者のために払っておくのだそう。チケットには、「恩おくりコーヒー」に「恩おくりごはん」というものもある。少額で社会貢献活動のひとつとして構えずに取り組みやすいボランティア活動、人から人へ輪がつながるという。自然発生的にできた新たなつながりを喜ぶ上田さんが輝いて眩しく見えた。これもあたりまえから創造を産みだす芸術の一環なのだろう。

あいりん総合センターが閉鎖された一方で、新今宮駅前に巨大なリゾートホテルの建設をはじめ、観光客などのこの地域への大量流入や、外国人による高齢者をターゲットにしたカラオケ店の増加など、大きな変化の波が釜ヶ崎に押し寄せてきている。今後、釜ヶ崎はどうなっていくのか、どうしていくべきなのだろうか。いや、「べき」というものではなく、問い続け、考え続ける。

ジェントリフィケーション(社会的浄化)ということばがある。ハード面で、強引に街をキレイにしてしまうことに一理あるのは否定しがたい。しかし、ここは釜ヶ崎、社会から分断される人をつくってはならない。SDGsに謳われる「貧困をなくす」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「住み続ける街づくりを」などなど、持続可能な開発目標の達成は当地釜ヶ崎も例外ではない。

街の内側から文化を発信していくことをめざして活動されるココルーム代表理事の上田さん。決して現状に甘んじることなく、常に新陳代謝して芸術と社会活動を結びつけていくこころみを続けている。ある意味「芸術は生きる技術」かもしれない。芸術は社会を変える力があり、支援してもらうものでもないという。エンドレスで問いかけ、問い続ける活動をされる上田さんは、トライ&エラーで傷つきながらもチャレンジを続ける。「転がる石に苔は生えない」釜ヶ崎のローリングストーンズをみなさんも一度見に行きませんか。 (おわり)

ココルーム内には数々の表現が 展示されている

取材風景

このレポートは、2020年1月30日に取材したものです。

(2020/09/18)