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企業活動における人権のグローバル・ルール、「人権デュー・ディリジェンス」とは?(その2) |人権情報

2.人権デュー・ディリジェンスに取り組む際に見過ごされがちなポイントとは?

「サプライチェーン(原材料および部品の取引先や調達先)」という言葉は、CSR用語のひとつとして以前から頻出していましたが、東日本大震災による自動車部品向け半導体集積回路の途絶がもたらした影響の大きさもあり、その後、日本社会一般に広く知られるところとなりました。
このサプライチェーンが企業経営に対してリスクをもたらす人権課題であることを強く印象づけた事例として2013年4月に発生したバングラデシュでの縫製工場ビル倒壊事故が挙げられます。1,000人以上が死亡するという深刻な被害であったことに加え、労働環境は劣悪であり、ビルの安全性を確認していなかったことが明るみにでて、これら縫製工場に生産を委託していた大手アパレル企業が批判を受けました。
このような事例を受けてなのでしょうか、特に最近、新しいCSR用語として「人権リスク」という言葉をしばしば耳にするようになりました。この「人権リスク」という言葉に、「ビジネスと人権に関する指導原則」の起草者であるジョン・ラギーが指摘した「懸念」が頭をよぎります。

 人権デュー・ディリジェンスの留意点には“ノーマライゼーションのジレンマ”とも呼べるものがある。企業がリスクマネジメントの基本事項に人権を盛り込むことで…(中略)…「当社は人権を尊重しているから大丈夫だ」という誤った感覚を与えてしまう可能性がある、ということである。…(中略)…人権リスクマネジメントは、当事者(rights-holder)を参画させる点で、商業、技術、まして政治に関するリスクマネジメントとは異なる。それゆえ人権デュー・ディリジェンスは本来、対話によるプロセスであり、単に可能性(起こりえること)を予測するものではなく、エンゲージメントやコミュニケーションを伴うプロセスなのである。                 (A/HRC/14/27 (2010年報告書), 85パラグラフから抜粋・筆者要約)

多くの企業が自社のグループ全体の事業活動のなかで、また取引先との関係において、人権侵害を引き起こさないよう、CSRのセルフアセスメント(自己評価)ツールの導入やサプライチェーンのモニタリングとレビューへの取り組み、さらにその事業が環境や社会に与える影響評価の仕組みを開発・導入してきました。[注1]
まさに、この「影響評価」が「人権デュー・ディリジェンス」の最初のプロセスとなるわけですが、ここで前述のラギーの懸念を今一度ふりかえる必要があります。

それは、「自社」への影響(リスクマネジメント)ではなく「当事者(人)」に視点を置いた評価や活動となっているのか、ということです。
ふりかえりの第一段階として、発注元である企業自身の要求がサプライヤーに対して人権侵害を引き起こしていないか、今一度確認する必要があります。例えば、自身のQCD(品質、コスト、納期)要求が取引先労働者への過度な負担を引き起こしていないか(労働者の権利をおびやかしていないか)との視点が求められます。ここで大切なのは、「人へのリスク」なのです。したがって、企業の主要な事業以外の分野であっても地域住民の生命、健康、生活に危険を及ぼすもの(人権の侵害度が深刻な課題)であれば、企業自身の人権責任を問われる可能性は高まるのです。
上記を踏まえたつぎの段階として、サプライチェーンについて「人権デュー・ディリジェンス」に取り組み、サプライヤーによって引き起こされる人権侵害(サプライヤーが児童労働を行っていないか、劣悪な労働環境を放置していないかなど)に自社が加担していないか、確認するための取り組みに進むことになります。

では、どのように「人」に重きを置いたリスク評価を考えればいいのでしょうか。このヒントになるのが、『人権優先度の弧(The Arc of Human Rights Priorities)』[注2]です。企業にとってどれだけ優先度の高い人権課題であるのかを、赤(優先度高)、黄(優先度中程度)、緑(優先度低)の三段階で示すもので、評価の軸はふたつ、「人権への影響」と「自社とのつながり」です。
「人権への影響」の軸は、さらにふたつの基準を考慮して評価されます。「深刻度」と「被害者数」です。「深刻度」では、人の生命や身体、健康に悪影響を与える場合は「高」となります。注意が必要なのは、時に長期的な視点が必要となることで、強制移住や公害については発生時ではなく、数カ月または数年後の結果を考慮しなければなりません。
この「人権への影響」という軸は、企業のこれまでの傾向、つまり、人権侵害が「人びとに与える影響」ではなく、人権侵害が明らかになった結果「企業が被る影響」を優先して考えてしまうという歪みに対処するためのものであると説明されています。例えば、世間が注目するような児童労働の問題には優先的に取り組んでも、報道が少ない外国人労働者の問題ではどうでしょうか。こうした歪みを改めて見つめなおすことが重要なのです。

もう少し詳しく『人権優先度の弧(The Arc of Human Rights Priorities)』の使用例を見てみましょう。


「人権への影響」では、人の生命や身体、健康に悪影響を与えるより深刻な問題や、被害者数が多いものは、「高」となります。
ポイントは、「自社とのつながり」が低くても、「人権への影響」が高ければ、優先度の高い人権課題となることです。
一例として、サプライチェーンにおける児童労働があります。本来、企業は、二次より先の取引先と業務で直接関わることはほとんどありません。例えば、大手飲料メーカーであれば、サトウキビ農園と直接ビジネスすることはありません。
一方で、児童労働は子どもの心身に悪影響を与える「深刻度」の高い問題です。また、大手飲料メーカーとなれば、対象となるサトウキビ農園の規模は大きくなり、そこで働く労働者の数も多くなります。企業自身が直接契約を結ぶ取引先でなくとも、当事者に対して深刻な被害をもたらす場合には、優先的に取り組むべき課題であるといえます。


「自社とのつながり」では、人権侵害がどのように行われたのか、企業自身であるのか、自社だけが加害者なのか(他社も関わっているのか)などを考慮します。企業自身が直接関与するものであればあるほど「高」となります。
ポイントは、「人権への影響」が低くても、「自社とのつながり」が高ければ、優先度の高い人権課題となることです。
例えば、社内への監視カメラの設置は、たとえ防犯のためであっても、設置場所を誤ればプライバシーの権利を侵害する危険があります。
人の生命や身体に影響を与える問題でなければ、大勢の人びとに被害をもたらす問題でもありませんが、企業自身が直接関与するものであれば、優先的に取り組むべき課題であるといえます。

以上からわかる「人権デュー・ディリジェンスに取り組む際に見過ごされがちなポイント」とは、「当事者(人)を第一に考える」ということです。「人権の取組みなのだから当然じゃないか」と思われるかもしれません。しかし、人権への配慮がリスクマネジメントの評価項目となった結果、当事者が被る影響の程度ではなく、企業が被る影響の程度が評価の決め手になってしまっていることがあります。そうなってしまっては取り組むべき問題の本質や「優先度」の判断を誤り、かえって事態を悪化することになりかねません。そうならないためにも、人権デュー・ディリジェンスでは「いかに当事者(人)の声に耳を傾けるか」、当事者との対話が鍵になります。これは前述のようにジョン・ラギーも強調しているポイントです。また、潜在的な人権侵害や違反を感知するよう積極的に取り組むことは人権侵害の予防につながり、実は企業にとってもプラスをもたらす行動になるのです。

菅原絵美(大阪経済法科大学助教)

 

[注1] 詳しくは拙著『人権CSRガイドライン:企業経営に人権を組み込むとは』(解放出版社、2013年)、52-57頁の企業事例をご覧ください。
[注2] デンマーク人権研究所・国連グローバル・コンパクト事務所『人権優先度の弧』(2011年)、6頁(筆者要約)http://www.humanrights.dk/publications/arc-human-rights-priorities-introducing-new-model-managing-human-rights-risk-business

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企業活動における人権のグローバル・ルール、「人権デュー・ディリジェンス」とは?(その1)

(2015/03/02)