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企業活動における人権のグローバル・ルール、「人権デュー・ディリジェンス」とは?(その3) |人権情報

3.人権デュー・ディリジェンスに取り組む際に見過ごされがちな第2のポイントは?

前回までの内容を通じて、企業にとって人権は企業活動全般に関わり、取引先や進出先の地域社会を含めたバリューチェーン全体におよぶ課題だということを、再確認していただけたと思います。今回は事例を挙げながら企業活動における人権と職場、市場、地域社会との関係を考えていきます。

ビジネスと人権に関する国際的な展開のなかでも、インドは展開が激しく、非常に興味深い国です。これまで研究の一環としてインド企業の関係者にインタビューを行ってきました。2009年の段階では「インドにはインドの人権がある」とヨーロッパ起源の個人の権利を重視する人権概念に対して批判的な発言もありました。しかし、2012年には「インド企業はグローバル企業であるから国際的な人権に取り組むことはビジネスをしていくうえで必要不可欠(the license to business)なのだ」という発言が聞かれるようになりました。

このような激しく変化するインドで世界初の法制定が行われました。2013年の会社法の改正で、企業は過去3年間の会計期間における税引前利益の平均2%をCSR活動へ拠出するよう義務化されました。(なお拠出が義務化されるのは、①売上が100億ルピー以上、②純資産が50億ルピー以上、③純利益が5千万ルピー以上の場合のいずれかに該当するインド企業(内国法人)です[注1]。)

ここでいう「CSR活動」とは何かが問題になってくるわけですが、キーワードは「地域社会の発展」です。会社法では、企業が行うべき「CSR活動」として、飢餓と貧困の解消、教育の促進、ジェンダー平等と女性のエンパワメント、環境の保全などが挙げられており、インド国内ではこれらの活動に従事するNGOの数が増え、一種の「ブーム」になっているといわれています。インドでは、9億人以上が携帯電話を持っているにもかかわらず、6億人(人口の36%)が清潔なトイレの無い(つまり「衛生へのアクセスに関する人権」を欠く)生活をしています。2013年の新会社法がこのような状況を改善するならば歓迎だという意見が多く発信されています[注2]。もちろん、この施策に対し「CSRは企業の事業活動や取引先との関係のなかで取り組まれるべきで、社会貢献が中心になるべきではない」、「フィランソロピーといった支援方法では必ずしも当事者のエンパワメントにつながらない」などの批判も聞かれています[注3]。
企業にとって人権といえば、差別の禁止、公正採用、ハラスメントの禁止など、労働者に対する取り組みが中心でした。これらはもちろん重要な取り組みですが、バリューチェーン全体を考えた場合、食品・製品の安全性やお客さま相談窓口での対応といった消費者に対する取り組み、インドの事例のような社会貢献や環境破壊を防止する対策など地域住民に対する取り組みも自社の人権課題に含まれるのです。

少し視点を変えて、日本での「障がい者」を巡る動きをみてみたいと思います。日本は障害者権利条約の批准を2014年1月に達成しましたが、これに向けて国内では、2011年に障害者基本法の改正、2013年に障害者差別解消法の制定、障害者雇用促進法の改正など、法制度の整備を行ってきました。この時、法律で「障がいを理由とする差別」が禁止されました。ほかになにも方法がないわけではないのに不当な差別的取り扱いをした場合、また必要な配慮を求めた際に重すぎる負担がないのに配慮の提供を拒んだ場合が差別にあたります。民間事業者の場合、障がい者に対する不当な差別的取り扱いは禁止され、合理的配慮の提供は努力義務に止まりますが、雇用における合理的配慮の提供は法的義務となります。このような経緯があって、日本企業では、障がい者に対して、採用時や就労時にどのように、またどの程度まで合理的配慮を提供しなければならないのかについて、関心が高まっています。
しかしながら、企業と障がい者との関わりは雇用関係に止まりません。自治体や政府が収集し公表している「差別にあたると思われる事例」をいくつかご紹介します[注4]。

〇聴覚障がい者はスーパーや駅のホームなどでアナウンスを聞くことが出来ない。災害や事故が起きた場合、
非常ベルだけでは聴覚障がい者には聞こえず、逃げ遅れてしまうかもしれない。
〇食事に行く際、車いすの利用者と入店しようとしたら、さほど混雑していないのに、オーダーを断られた。
〇ホテルを予約するとき、「声を出す人はいないですよね」と言われた。
〇精神障がいがあると伝えただけで不動産屋さんに物件の申込みを断られました。生活の状況やどういった
ところが障がいなのかを伝えようとしたところ、電話を切られました。

これらは「消費者」や「利用者(ユーザー)」である障がい者が、モノやサービスを購入・利用する際に受けた「差別と思われる事例」です。障がい者がモノやサービスを購入・利用することを妨げるのは、①コミュニケーションの方法(話すスピード、文字の大きさなど)、②顧客に対する態度(障がい者が不快に感じる対応など)、③物理的環境(狭い通路や階段、暗い照明など)、④サービスの提供方法(複雑すぎる手続、スタッフからの説明不足など)という4つの要因があります。日本でも、従業員のなかに「サービス介助士」を育成したり、音声コード付きの「患者様向け指導せん(医薬品の情報や注意を記載したパンフレット)を提供したり、バリアフリー対応の商品(ユニバーサルデザインの商品、旅行、飲食サービス、住まいなど)を提供したりする好事例がみられる[注5]のですが、今回の法制定のなかでは議論がまだ低調な印象を受けています。一方、海外では、モノやサービスの提供時に合理的配慮を求める法整備が進められてきています。

このように「職場」から「地域」や「市場」に視点を広げると、いままでは十分に可視化されてこなかった人権課題が見えてきます。そこで、提案したいのが「当事者×職場・市場・地域社会」という視点です。

日本の人権啓発・教育では、社会における人権課題を「当事者のカテゴリー」との切り口で論じられてきました。例えば、被差別部落出身者、在日外国人、女性、子ども、高齢者、障がい者などです。これまで見てきたように、「障がい者」を取り上げてみても、企業にとって真っ先に挙がるのが「障がい者雇用」、すなわち「障がい者×職場」の問題です。しかし「障がい者×市場」や「障がい者×地域社会」と切り口を広げることで、「商品や広告のユニバーサルデザイン化」や「飲食や交通、不動産といったモノ・サービスにアクセスするためのバリアフリー化」など、事業・業務における合理的配慮も障がい者との関わりのなかで見えてきます。「職場、市場、地域社会」の視点からいま一度、自社の事業・業務と人権との関わりを振り返ってみてはいかがでしょうか。

(菅原絵美 大阪経済法科大学法学部助教)

 

[注1] 1ルピーは本稿掲載時点で約1.9円程度。
[注2] 一例として、ガーディアン紙(英)「India’s new CSR law sparks debate among NGOs and business」
(2014年8月11日), http://www.theguardian.com/sustainable-business/india-csr-law-debate-business-ngo
また、2014年6月11-12日にインド(ムンバイ)で開催された「持続可能な発展のための持続可能性レポーティング」会議
(200を越える企業やNGOのトップが参加)で採択された「ムンバイ宣言」
https://www.globalreporting.org/SiteCollectionDocuments/Mumbai-declaration-on-sustainability-reporting-for-sustainable-development.pdf 11項でも2013年新会社法を歓迎する内容が盛り込まれた。
[注3] フィランソロピーとは、慈善活動を意味し、特に企業の行うものをいう。
[注4] さいたま市「障害者差別と思われる事例集(平成22年4月1日現在)」
http://www.city.saitama.jp/002/003/004/001/001/005/p033099.htmlを参照。
[注5] 詳しくは拙著『人権CSRガイドライン:企業経営に人権を組み込むとは』(解放出版社、2013年)、86頁 企業事例を
ご覧ください。

企業活動における人権のグローバル・ルール、「人権デュー・ディリジェンス」とは?(その1)

企業活動における人権のグローバル・ルール、「人権デュー・ディリジェンス」とは?(その2)

(2015/03/23)